JAZZ喫茶の想い出


coffee


JAZZ喫茶・・・懐かしい響きの言葉です。高校、大学時代というからもう25年前ですが大阪、神戸、京都のJAZZ喫茶にあちこち通ったものです。今はライブも聞ける高級そうなJAZZクラブがはやりで、昔ながらのJAZZ喫茶なんてとんと見かけません。今や、トキみたいに絶滅寸前なんでしょうか。でも、貧乏学生にとっては、コーヒー一杯で何時間でもねばれるJAZZ喫茶がありがたかったなあ。

大阪では、老舗は関西テレビ横のインタープレイ8(ハチ)毎月山下洋輔トリオのライブがありました。あの狭い店の中ですから、プレイヤーの飛び散った汗がかかりそうなぐらいです。初めて聴いたときは、まだロック少年だった高校生だったんですが、席がバスドラのまん前で、あの強烈な森山威夫のドラミングに肝をつぶした覚えがあります。また、レコードを聞いて演奏メンバーを当てるという催しもよくやってました。ブラインドホールテストって言うんでしたっけ?惜しいところまではいったけど、一度もパーフェクトはとったことがなかったけど・・・。
梅田では、他にタイムや5スポット、チェック、ムルソーなんてのが阪急東通商店街あたりに固まってたけど今は、インタープレイ8以外は影も形もありませんね。なんばにはBIRD56なんて、名前がなんともいえないJAZZ喫茶もありました。

神戸では、高校生のとき、溜まり場にしていたのがニーニーやバンビでしたが、今はもちろんないはずです。職場の先輩に高級そうなクラブに連れて行ってもらったことがありますが、これは、貧乏学生のためのJAZZ喫茶の範疇には入りませんね。
神戸以外でも、芦屋のハーフノートや西宮のDUO、OUTPUTなんてのがありました。 

大学時代を過ごした京都、もう、ここは学生の街だけあって、JAZZ喫茶だらけでした。特に私がよく通ったのは、三条河原町のZABOで、主にフリーJAZZを多くかけていました。他にちょっと下がって蝶類図鑑、bluenote、四条烏丸のザ・マンホール、そしてオーディオ装置が超高級な岡崎のYAMATOYAなんかがお気に入りの店でした。その他にも、いたるところにちっちゃなJAZZ喫茶がありましたが、今は大学が郊外に逃げて行ってる関係で、随分減ったことでしょう。


私はずっと関西に在住しているもんで他の地域のジャズ喫茶事情はわかりません。そこで東京の方の雰囲気を伝えてもらうために、当店のお客様、老沼様の投稿を引用させていただきましょう。

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Jazzから離れて20年も経ってしまいました。ですから言うことは,かなり不正確だと思いますので悪しからず。
Playerの批評には,ただただ同感であり,昔のJazz喫茶の様子が目に浮かぶようです。Booker Littleについての感慨は,全く同感です。ちぐさ(横浜桜木町)で聞いたときは,ずーんという感じで,所謂幻の名盤でした。そのJazz喫茶では,何故かジャケットを,飾るときオリジナルでなくて,なんか,ボール紙で作った30センチ角のレコード入れを作り,それにマジックインキでタイトルかなんか書いてありました。復刻されて手にいれたときは,ほんとに宝物でした。今あんな気持ちになれるものはないみたいです。

「ちぐさ」では,まずコーヒーを頼んで,黙って1.5枚聞き,決して自分からリクエストしては,イケマセン,そのうち,親父さんが,声をかけてくれるので,申し訳なさそうに,コレクションノートを指差します。音が大きく,狭いとこなので,声が聞こえませんから,そして,リクエストもただ闇雲に自分の聞きたいアルバムを,指定しては,周囲に甘く見られます。今までかかってる曲の流れを見て,対応しなければいけません。ピアノトリオにまたピアノは駄目ですし,話題の新曲には,オーソドックスなアルバムで対処します。毎回,Bookerデモ聞きたいのですが,そこは,我慢して,Grant Green(Gt)かなんかで,逃げます。そして自分の曲が,終わったら,すぐに席を立つのはどうか?と存じます。店を出るタイミングとしては,次の人のアルバムを,1曲聞いて,2曲目に入ったとき,すかさず,もう良いといわんばかりの風で,250円を(もちろん釣りのないように用意しておくこと)音を発てずに置いて店を出ます。あの親爺さんもお亡くなりになり,Down Beetのマスターも,今は,いらっしゃらないと聞いております。
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今日は、目いっぱい自分の記憶を呼び起こし、Jazz喫茶巡りをしてみます。
よくレコード漁りがてら、渋谷のJazz喫茶に行きました。
センター街にあったGeniusは、JBLが壁いっぱいに埋め込まれて、メインストリーム系が、よくかかった見たい。そこで、クレオパトラの夢なんて、ピッタリでしたね。結構いつも流行ってて、(昭和48、9年のこと)じきGenius?なんてのもできたと思います。
道玄坂の上のほうには、音楽館というのが在りまして、家族的だったと思います。私が好きだったのは、246を渡ったビルの2階に在った、MearyJarne(字が違うかも)です。ガンガンかけるほうで、Elvin JonesのLive At The LightHouseは、聞きごたえが在りました。レコードが、無音のとき針がレコードの壁を、ジクジク言ってこれから始まる大音響を予感させてくれる店でした。
これ以外にも、10店は、在ったと思いますが、思い出せません。誰か思い出したら、オセエテ、、、では、また寄らしてもらいます。
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どうです?若い人には想像もつかないでしょうが、昔はこんなにディープな世界が存在していたのですよ。羨ましい?え、全然羨ましくないって、こりゃまた失礼。

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